【第55回】勝つぞこの戦い、必ずな! 抗ウイルスめっき(4)最終話
- 勝つぞこの戦い、必ずな! 抗ウイルスめっき
プレスリリースの仕方には社外の助言ももらい細心の注意を払ったが、肝心の新型コロナウイルスへの効果が定かでない中の発表を、見切り発車と非難されないか?別の方法で抗ウイルス表面処理を完成させた会社が既にあるのでは?プロジェクト未完のまま新型コロナウイルス感染症は終息するのだろうか?結果が出ないこの時期が開発期間中でいちばん辛かったと中田さんは振り返る。
それでもなにもしないわけにはいかない。めっき液のブラッシュアップにひたむきに取り組んだ。スペキュラムは強い。ベースは変えずにさらに効果を上げる方法はないか?そこで酸化チタンの量を増やしてみる。良さそうだ。だが入れすぎると表面が白くなって見た目が悪い。試作室で小さな、ほんとうに小さな一歩が積み重ねられていく。彼にとっていちばん辛かった時期は、実は彼がいちばん頑張った時期でもあった。
2021年11月、サン工業は中田さんが取り組んだめっきの名称「CoViK」を商標登録する。 この名称は全社で募集した。新技術への興味深さゆえか、プロジェクトメンバーへのエールや賞賛を込めてか、80件もの応募があった。ウイルスバスター、ウイルスコロリン、Yes!クリーン、サンコロリン、サンバリア、コロバスター、コロリル、コロッとめっき、ダイジョーV、悪菌滅殺、コロキラー、ブッコロナなど、様々な理由で選ばれなかった名前たち。最終選考に残ったのはい〜なコート、コビナス、サンファインなど9案で、厳正なる審査の結果、開発課市河さんが提案したCoViKコーティングに決し、市河さん本人の同意を得て「コーティング」の文字を除いたCoViKが新技術に冠せられた。

そして2022年3月19日、待ちに待った試験結果が届く。果たして新型コロナウイルスへの抗力はあったのである。CoViKはその名の通りコロナをKillした。その知らせが届いたのは、時期的にまるで大学入試の合格通知みたいだ。かつて信大に合格して松本駅で初めて見た北アルプルに自分は圧倒されたっけ。彼の目の前には今南アルプスがそびえている。まだ山々が残雪をかぶっているのはあのときと同じだ。信州の春は遅いから現実に「サクラサク」のはまだ先になる。でもようやくホッとできた。12年前に見た北アルプスとは違って、雄大ではあるがどこか優しげな山容を会社の喫煙所で見上げながら、中田さんは深く吸ったたばこの煙を静かに長く吐き出した。


3月28日、2年に及んだプロジェクトは終了した。川上社長と榎堀部長(現:専務)が中田さんを打ち上げに誘ってくれた。場所は伊那名物ローメンの店「うしお」。同店での宴の後、中田さんが伊那の夜の町をどう梯子したかについては、そっとしておくことにする。
*この開発ストーリーには後日談があります。折を見てこのコーナーで。