酒井信幸(総務課長)
大学卒業と同時に帰郷し、40歳まで地元の信用金庫で働いていました。そこを退社し、職種の違うサン工業に転職しました。
信用金庫は、地元の企業さんに融資し、その成長をサポートさせていただく裏方のような仕事。いわば、他人の夢を共有することに自分の夢を託す性格の仕事だったと思います。それはそれで働き甲斐のある仕事でしたが、40歳を区切りに、他人の夢ではなく、自分の夢を追いかけるような仕事をしてみたいと思うようになりました。といっても、自分で起業するだけの技術や経験があるわけではありませんでしたから、優れた自社技術を持っていて、それで勝負をしようとしている製造業の会社に入ろうと考え、信用金庫時代からお世話になっていたサン工業の門戸を叩いたのです。
それまでの仕事のスキルもあり経理や人事などの総務畑で仕事をさせてもらっていますが、信用金庫時代とはまったく違う視点が必要になっている気がします。金融機関は、企業の仕事を、結果や決算、つまり完成品の側から見ていますが、製造の現場は、文字通り、事業を、その計画段階から組み立てて進めていくのであり、一貫してプロセスの中に視点をおいていなければなりません。私にとって、これはとても新鮮なことで、転職してよかったと思います。
特に、金融ビッグバン以降は、金融機関は、「自由化」という名目の下でさまざまな規制が強化され、法律でがんじがらめにされている感覚だったのですが、その点、今の仕事は、リスクと責任は自分たちで負わなければならないけれど、幅広い発想を試すことができる自由さを感じます。
特に、サン工業は、現場で働いている若い社員が積極的に様々なことに挑戦していたり、少し年齢を重ねている女性でもすごい技術やスキルを持っていたり、人間的幅が広かったりして、いつも、会社の仲間からエネルギーをもらっているように感じます。
私と同じように転職を考えている方には、組織の看板力などで妥協して現状のままで我慢してしまうのではなく、自分なりに仕事に対する姿勢をはっきりさせて、一歩前に出てみる勇気をもたれることをお勧めします。
■プロフィール
伊那市東春近生まれ。弥生ケ丘高校から國學院大學経済学部に進み、卒業と同時に帰郷、アルプス中央信用金庫に就職。平成19年8月にサン工業に転職。中学・高校・大学と水泳部。フリースタイルで競技に明け暮れた。特に高校時代は、弥生ケ丘高校の男女共学化が進む渦中で、男子がまだ全校生徒の3分の1位だった時に、男子水泳部を同好会として立ち上げた。現在は「水」から足を洗い、スポーツはゴルフのみ。